遂にこの手に入れ得た弁護士バッジだ。
 襟につけても無理のない、ほんの小さな金色ではあるけれど、オレの掌の内にはずっしりと重くある。

 当たって砕けてそれでも進む、そんな心構えをもって挑んだ司法試験。
 オレは弁護士としての第一歩を無事に踏み出すことができた。






(ついに……ついにだ)

 そして、弁護士という名の憧れを掴み取った暁にはぜひに、と考え続けてきたことがある。
 必要なものは一通り、既に買い込み揃えていた。少しばかりは気が早かったかもしれない。場合によってはゴミばこのお世話になっていたかも解らないんだから。
 しかしまあ今となっては、そうした何もかもが杞憂に過ぎないわけだ。

 ドラッグストアの袋を開ける。中身を取り出し、薄ビニールを剥がす。それから蓋をまわして開く。半透明の内カバーも外す。
 櫛を構える。
 すぐ目の前に大きめの鏡、その真下には蛇口が伸びる。特に広々としてはいないが独り暮らしに手狭でもない、使い馴染んだ洗面台だ。
(オレには、できるッ!)

 これはまた、新たな壁への挑戦なんだ。
 暑苦しいぐらいがちょうどいい。たぶん。





 つまりはひとつの憧れである。
 寸分狂わず向かうは後ろど真ん中、しっかりと集っていく『オールバック』。
 今ではその身と活躍の栄光とを隠してしまったものの、かつて『逆転シューティングスター』の異名をとった(実績に比してまさに流星のごとく若手であったことからそうして呼ばれたらしい)成歩堂龍一も、全体的に後ろ斜め上へ尖らせた、その髪形がトレードマークであったという。
 弁護士バッジを手にした暁には、かっちりとしたスーツの似合う男になりたい。そう夢にまで見続けてきたオレにとって、それは実に重大なヒントであった。

 はずなのだ。








 時計の針が少し進んで、ややぎこちなくも『完成(仮)』と呼べそうなところまでには至ることができた。
 次いでは鏡の中に映ったひとつ新鮮な自分自身を確かめる。という段階に来て、オレは首を傾げたままでいる。

(……ぱっとしないな)

 この日のためにと長さの調節までもしてきた髪の毛は、首の付根へ向かい、しっかりと寝付いてはくれていた。
 我ながらによく出来たオールバックだ。想像していた以上にだらしなさなども見当たらないし、ワックスの無駄づかいだって起こしていない。だから決して失敗、をしたわけではないのだと思う。
 ならばどうして『ぱっとしない』のだろう。
 かつて『青色剣山』の異名をとった(実に鋭い尋問ぶりとその髪形、そしてスーツのカラーが掛けられていたらしい)成歩堂龍一にもおそらくは見劣りしないほど、短くも見事におさまったオールバックであるというのに。
(…………それはちょっと自賛のやりすぎか)



 
 ひとまずじっくりと鏡を眺め、検証してみることにした。
 真実はその中にある、はずだ。資料と睨めっこをするようなものだと考えればいい。

 まず、第一に目に入ってくる要素がある。オレの顔立ち。というかその内訳、どうにもまるっこいパーツづくりだ。
 もう年齢も20を超えたというのに、鋭さや引き締まりが足りていない。これではスーツと見合わない。
 それから第二に身長である。
 オレ的イメージの中における『カッコイイ弁護士像』は、オレ自身よりもたぶんだいたい10cmぐらい、高い背丈をしている。と思う。改めて冷静になってみると。

 残念ながら、いや、解ってたさ。何せどっちも自分自身のことなんだからな。

 別に計画は失敗してないんじゃないか。
 ただ、ちょっと見立てが失敗していただけで。


(って、結局のとこ失敗なんじゃないか!)





 決して頓挫はしなかった。
 だからなんと言おうか、お気に入りの店でサプライズセールに行き当たったというのに持ち合わせの関係で思うように買い物できなかった、そんな気分。
 上手くはいったのに何かが違うってやつ。
 そしてその『何か』とはいずれも、どうしようもなかろう要素によって構成されている。
 つまりは仕方がないってことだ。あとはもう、妥協点を探すべきなんだろう。
 そういうことだろ、王泥喜法介。










(……いや)

 待て。

 待てよ。それはまだ、違う。
 『どうしようもない』、本当にそうか。断ち切るのには早計なんじゃないか。

 よく考えろ、王泥喜法介。
 つい先日までのオレだったなら、大して気にせずに諦めていたかもしれない。大したことだなんて思わなかったかもしれない。
 けど今日のオレは、ひとつの壁を乗り越えて夢を叶えたオレなんだ。

 そこまで来て、諦めるような奴でいていいのか?

 一見すればくだらないことでも、そうまで重い意味なんかなくても、この世界のほんのひとカケラにしか関わらないようなちっぽけなことだっていったって、仮にも長らく夢にまで見た思いなんじゃないか。
 壁のてっぺんに手をかけてそれで満足しているようじゃ、立派な弁護士になんてなれようものか。まだその先の大地を見てもいない。
 足を付けるまでは離さない、それだけの権利だって持ってるはずだ。


(ああ。これは、意地だ)

 ひどく小さなこのオレの、意地。
 始めの一歩の、その次の二歩だ。これに納得できないようなら三歩目より先には進めない。

 例外なんかじゃないだろう。
 隅から隅まで探したか。そこに見落としはなかったか。
 そこまでが確かであるというなら、視点と見方を変えてはみたか。
 たっとひとつの発想にとらわれたままではいないのか。
 ある、と言い切る保証はなくとも『あるかも知れない』穴を究めて、これ以上ないというぐらいにまで足掻いたか。
 たぶん、まだだ。



 そしてオレ、王泥喜法介はその日、ごくほんの一部において生まれ変わった。












「……そういえば気になっていたのですがその、前髪は、わざと?」
「はい! 毎朝セットしてます!」
「頑張りますね」
「やっぱり『これ』がイチバン、気合いが入りますから! ……それにちょっとだけ強そうにも見えませんか? なんて」
「やる気は結構。確かになかなかインパクトはありますよ、王泥喜くん」
(……インパクトではまだまだ、あなたに勝てない気がしてるんです。先生)

 と、そんな先生ことオレのお師匠は、優雅で且つやや鋭い巻き毛を片側に作り出している。
 その仕組みは不明だ。
 いや、本当にどうなってるんだろう。



 正義にかける情熱と思考する理性とを並べてあらわしている、かもしれない跳ね上げ髪。こいつは、もともと見られたクセっ毛を更にしっかりと固めて作ってある。
 こんなのでもオレの目が『新たに見付けた』そういう道のひとつだ。
 まあ、それこそオレ自身以外にとっちゃまったく大したことじゃないだろうけどね。

 『大丈夫』の合い言葉と一緒で、俺のことをもうひとつ勇敢にしてくれる。まじないみたいなものでもあるんだと、そんな風に考えながらで大切にしていたりする。











あの前髪(?)について、完全なるクセ毛説と自分で頑張って作ってる説とを拝見したのですが、
実際にはどっちなんだろう…(ひとまずは遺伝?でもともとちょっとは跳ねているのではないかと)


あのツノ(仮)が気分によってぴょこぴょこ動いちゃったりなんかして、
「弁護人はとりあえず前髪を大人しくさせるように!」
(怒られた……)
しょんぼり下向き…

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