あの男はうばいさっていった。
 この俺から奪い、そして去っていったのである。
 D・ホイール。お前には相応しくないから、とでも言うかのように。
 スターダスト・ドラゴン。己の腕にこそ相応しいのだ、とでも言うかのように。
 そして。



(…………そし、て)


 持ち去られた、D・ホイール。スターダスト・ドラゴン。
 だからこそ、今、この腕のうちにあるもの。
 もうひとつのD・ホイール。仲間たちの手を借り、立ち上げ直した俺のためのマシン。
 もうひとつのデッキ。サテライト、割れ砕けたアスファルトの隙間に出会ってきたカードたち。

 ふたつまでは、取り戻したとは言わずとも、既に確かにして在るのだった。
 たがいもなく、この腕のうちに。

 しかし、それでも最後にひとつ。
 それだけが、もう、取り戻しようもないもの。








 『遊星』


 D・ホイール。スターダスト・ドラゴン。
 『俺』のものにしてやろう。

 そして最後にもうひとつ、お前の、誇りをもらおうか。
 二度と立ち上がることのできないほどに。
 隅まで、隅まで、この舌で。
 あまさず喰らい尽くしてやろう。
 なあ。いっそのこと、壊されてしまえ。


 遊星。
 









(……『ジャック』!)




 クズと呼ばれるのは腹立たしい。カスと言われても頭にくる。
 ジャンク。ジャンク。結構だ。
 がらくた。廃品。壊れもの。
 それらはすべてクズではない。カスでも、ない。


 コンクリートの裂け目から覗き込んでくる陽光に、超旧式のブラウン管がぼんやりと照らされている。
 遊星は乾いた唇を噛み締めた。















 崩れてはみ出しものになってしまったコンクリートの欠片、
 つぶれて使いものにならなくなった鉄くず、
 粉々に割れたガラスに、ねじ曲げられた強化プラスチック。
 打ち捨てられたジャンクの山。
 サテライトを囲む、宝の山。

 柔肌負けて切らぬ程度に、両腕を入れて隙間を漁れば、
 紛れ込んだかのような掘り出し物をこの手に得られることもある。
 つまるところは俺たちの糧。
 餌場というわけだ。




 中でもあの、鋼鉄のフェンスにはさまれた、狭い空き地は穴場であった。
 不格好にも重ね上げられ、ところどころの尖った山積み。
 てっぺんにまで這い上がってみれば、灰色の街を見渡すことができる。
 濁った上空に晴れ色は望めない。
 それでも時折に差し込む夕焼けを受ければ、出来上がった影は、オブジェめいていて美しかった。
 ような気も、する。


 ぬるま湯のような感情だ。
 あの針山は、俺とあの男の馴れ合いの証。
 俺とあの男との、馴れ合いの、墓標。



 俺たちの。





 おれたちのひみつのばしょだった。








 ジャックは笑った。嗤っていた。
 お前がそのてっぺんに腰掛けたまま、この辺りごと影に包まれたら、
 まるであつらえたみたいに溶け込んで見えるのだと。
 それだからいつでも、遊星より遅れてやってきて、出来上がっている不格好なオブジェを楽しむのだと。
 積み上げられたジャンクの頂点。
 風に揺らされ、待つ、遊星のシルエット。
 最後のパーツ。


 ジャックは、あの男は、嗤っていたのだった。




 遊星。遊星。
 おまえにとてもよく似合う。
 この山の天辺で、そうやって空っぽになって、両瞳と両腕だけは上へ向けておくといい。
 なぜならば俺はそこに行くのだから。
 おまえの中身を、血液も、息吹も、すべて連れていってやるよ。
 遊星。
 遊星。
 おまえのからだには、ここだけがよく似合う。
 おれとおまえのひみつの場所。





 おれたちだけの、やくそくの場所。










 鋼鉄のフェンスにはさまれた、狭い空き地の、瓦礫の山。
 ゆっくりと足を掛け、軽やかに登り上がる。
 遊星の細身は、あっという間に山の頂点へと至った。

 馴れ合いの針山。
 秘密の証。
 約束の墓標。

 てっぺんに腰掛ける。
 煙に包まれた灰色の街が、薄く濁った影を渦巻かせて遊星を迎えた。
 両腕を降ろす。そしてゆっくりと両瞳を、閉じる。
 今ではもう、誰のことを待ちぼうけている、わけでもない。




 追うて行くのだ。
 近々、ひととき背を向ける。
 この灰色のサテライトに。
 過ぎ失せしものは葬り去られた、宝の山に。

     











5D's第一話放映直後、幼馴染だったりサティスファクションだったり、という過去が不明だった当時の妄想。
お見逃しいただければ……




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