☆おっとり→ラリー×遊星





 灰に濁った街の中、高くぼんやり浮かぶ影。
(ああ、遊星が)
 外にいる。カードを握っているわけでもなく、ホイールの調整をしているわけでもない。
 それなのに、遊星がそこにいる。
 灰に濁った街の中。
 ひととき、デュエルから解き放たれて。
(……わかってるよ?)
 それでも彼は、逃れないのだ。
 その呪縛から。
 煙たい霧の向こう側、遠い青空その下の、ここより去っていったあの男。
(だから、手伝うんだ。なんだって、なんだって)
 なんであっても構わないのだ。遊星を、彼自身の信じる運命の道へと、送り出すことができるのならば。
 この頬の烙印などいくらでも広げてやる。
(だから……だか、ら)

「……ラリー?」


 瞬間だけでも我が手のうちに。
 ひとときデュエルより解き放たれた、遊星というその男、いつにも増して穏やかな時間。
 微笑みはない。それでも、不思議なほどにおっとりとした人間に見えてくる。



「遊星!」

 名を呼ぶと、遊星の表情が和らいだ。
 ひとときだけ。瞬間だけ。今だけでも。




 どうか。














☆挙動不審→ラリー×遊星→ジャック?





 遊星はいつだって冷静で、賢くって、行動のすべてに欠片もむだがない。
 なんて考えてみるとちょっと言い過ぎのような気もするけれど、
 引き締まったその身体が翻って振り向く姿は、実際にすごく格好いい。
 シティの連中がきっとひっくり返るようなプログラムの才能、
 ジャンクパーツを繋げてイチからD-ホイールを作り上げてしまうような技術、
 どれもこれも、おれの届かない憧れ。

 だから。
 だからかも知れない。
 そんな遊星の綻びを感じて、こんなにも胸が痛むのは。



「遊星。そのカップ……」
「…………ああ」
「割っちゃった、んだ」
「……片付ける。破片を踏むな」
「踏んだって靴なんだから、たいしたことないよ。それより遊星、指」
「………………」
「血が……」
「……すぐ塞がる」
「でも」




 でも、だって、辛いじゃないか。
 手袋をしたって、痛むじゃないか。
 デュエリストが指を怪我するだなんて。
 しかも、他ならぬこの、遊星、が。



 破片をかき集める遊星の後ろ姿は、なんだかそこだけが切り取られてしまった光景のようで、
 ああ、少しずつぼんやりとしてくる。
 立ち振る舞いの、動作のひとつひとつが、解らないものになっていくんだ。
 何をしているの。
 遊星。
 どうしたいの。
 どこにいるの。





 ねえ、おれ、遊星のことをたくさん知っているよ。
 遊星が思っているだろうよりかは。
 知ってるんだよ。

 まだ、ほんの少ししか経っていないから。
 そうだよね。
 ジャックが、ここから、このサテライトから、
 遊星の前から、
 いなくなって。





 そうだよね。














☆メガネ→ラリー×遊星





 ジャンクの山の中から、メガネを拾ってきた。
 レンズ部分が惨めなほど粉々になってしまっている。
 ぱらぱらと破片を取り除けば、プラスチックのフレームのみになった。

「……何をしてる?」
「こうやって見てると、遊星がメガネかけてるみたい」


 投棄されていた青いプラスチックの塊。
 細く伸びるフレーム、だけのメガネ。
 その、つるの部分を遊星へと向けて、ラリーはけらけらと笑った。





「……あ、遊星。なんで行っちゃうのさー」














☆マシンガントーク→遊星と仲間たち





「よう。ラリー」
「あれ。ブリッツ」
「なんだ、お前も来てたのかよ」
「遊星いないのか?」
「タカ、ナーヴも」
「留守か」
「ううん。いるみたいだよ」
「じゃ、なんで入らないんだよ」
「オレ、待ってるとこ」
「遊星を?」
「待つ? なにを?」
「遊星はほら、今、おしゃべりタイムだから」
「はぁ?」
「おしゃべりはねーだろ」
「なんも聞こえないぜ?」
「じゃなくてさ。ホイールとおしゃべり」
「あ」
「あぁ」
「なるほどねぇ」
「うん」



 うん。


 ホイールとオシャベリしてるときのあいつは、なんていうか、燃えてるみたいに熱い。
 近付いていくとそれが解る。
 オレたちはもうとっくに知ってるから、こうして待ってるってわけ。
 今日はいつまで続くのかなあ、
 遊星のマシンガントーク。














☆おたく→遊星と仲間たち





「なんだ、遊星のやつ。今日も新しいホイールの調整か?」
「やるもんだよなあ。ホントに二台目を作っちまうんだから」
「ありゃあそろそろホイールオタクだぜ」
「え? 遊星ってデュエルオタクじゃないの?」
「バカ言え、ラリー。ホイールあってのライディングデュエルだろ」
「まあ、なくったって出来るっちゃあ出来るわな」
「昔はデュエルするのに、ホイールなんてまったくカケラも使わなかったんだってよ」
「いつの話だよ」
「初代デュエルキングが出てきた頃じゃねえか?」
「キングねえ」
「ジャックのやつ、尊敬してんのかね。初代キング」
「尊敬ぃ? ジャックだぞ、ジャック」
「だなぁ。なさそうだなァ」
「っていうかさ、そういう当時のデュエルだって、テレビとかに映ってたんだよね? ホイールないのに」
「ホイールなし……ってことは」
「スタンディングデュエルばっかりか」
「あの、番組前の『ホイールに乗るときは〜』ってのもナシだよな」
「考えらんねーなぁー」
「三十年前とか、そこらだろ?」
「そん時に俺らぐらいだったのが、ちょうど今オッサンになってんのな」
「……その頃には、なかったんだよね。サテライトも」
「……信じらんねぇよなぁ」


「……で、遊星のやつは? いつになったら帰ってくるんだよ」
「ホイールの仕上がりに満足したら、だろ……」
「デッキの仕上がりも、じゃない?」
「どっちにしろオタクだな。こりゃ」
「ま、才能あるやつってのはなぁ。みんなそんなモンだろ」
「腕の良さとハマり具合とな」
「繋がってるんだよね」
「あれだな」
「ああ?」
「デュエルとホイールが関係なかった頃には、あれだ、いわゆるデュエルオタクが強いデュエリストになったんだろ」
「なんだよ」
「そうだろうけどさ」
「だったら今、テレビで特集されちまうぐらい強いデュエリストになるヤツってさ。デュエルオタクでホイールオタクなわけだろ」
「遊星だな」
「もう強いだろ? 充分」
「これからもっと強くなるよ」
「キングの器だよなぁ」
「腹立たないのかね。ジャックに」
「怒るに怒れねえよな、オレたちも」
「当の遊星があれじゃあなー」





「…………で、遊星のやつは?」
「こりゃ、ダメそうだな。今日は」
「テレビつけるか」
「いいの?」
「戻ってきたら謝っとこうぜ」
「今日中に戻ってくると思うか」
「知らねーけどさ」
「おーい。テレビつけるからなー」














☆クール→十代(GX)×遊星?





 遊星がひとりきりでいる、そんな時に限って、ふと気がつけばそこにいる。
 前触れをもたずに『その男』が現れる先には、決まって、そのためだけに世界が隔離されたかのような感覚があった。

 そして『男』と遊星が、ふたりきり。
 そこに息をもった住人となる。


 腹立たしく感じられることもあった。
 薄い唇が緩く弧を描く、微笑。常に伴われているその、男の表情はまるで、遊星の抱くものすべて悟りきっているかのようにして向けられてくる。
 何を言いたい。何がしたい。
 その男の言動の何もかもが、曖昧な形をして遊星の背肌を撫であげてくるのだった。
 お前のことをよく知っている、とでも言いたいのか。
 すべてを呑み込んでしまったのだから、とでも、言いたいのか。
 そのようなはずもなく、『男』との出会いはつい近頃、正にこの場所である。
 サテライト。シティの『ゴミ溜め』。
 そのうちの、また、『ゴミ溜め』。






「…………」
「……なあ、なんか言ってくれたっていいだろ?」
 声色とともに蠢く喉はひとの色をしている。

「なにをしに来た」
「会いにさ。お前に」

 呼応は遊星とその男の間、そこのみに交わされて回っていく。
 ほか、すべてが途切れる。遮断される。
 切り離された世界は遊星のことを、ふたりきりにしてしまう。
 やけに紅が似合う茶の髪。もうひとつだけ濃い色をした瞳に、デュエル・ディスクと旧式のホイール。
 遊星とは同じ年頃の。
 名前も知らない『どこかのだれか』。
 
「……」
「まあ、いいか。お前ってほんとさ……」




 バカにしている。
 そうとしか思えなくはあったが、それもいっそのこと、どうでもよかった。
 サテライト。シティのゴミ溜め。
 そのうちの、また、ゴミ溜め。
 遊星のための、ひとりきりの世界。
 早々に取り返してやりたい。

 それなのに、遮断できないのだ。
 この男のことを。



「……っはは。クールなやつだよな」






 ああ。
 本当に、バカにしてくれる。














☆人なつっこい→十代(GX)×遊星?





 掘り出し物を見つけた。

 ジャンクの山の中、身を屈めたままで、手袋越しに摘み上げた。
 生まれたままのかたちを保っている。
 表面の浅い擦れ傷も、内側にまでは達していないことだろう。
 遊星の掌が、指先が、ゆっくりとその感触を確かめる。


「……そのカオ、いいな」
「……!」



 不意にして身をうった言葉に、思わず背筋が伸びた。
「…………なにがだ」
「なんていうかな、幸せそうで……ああ。気まぐれな猫かなんかが、懐いてくるみたいだ」
「……」
 引き剥がすように顔を背ける。
 そんな遊星の姿を目前に、男は笑った。
「なあ。こっち、探さないのか」
「行かない」
「俺がいるから?」
「さあな」
 それこそ。

「ふーん」
 懐かれたかのような声色だ。





 返すべき言葉はない。
 遊星は見つけたばかりの獲物を丁寧に仕舞い込むと、ふたたび足もとの宝の山へ、視線を向け直した。














☆べたべたくっつく→十代(GX)×遊星?





 最初の、一台目のホイールをつくっていた。
 パーツをひとつ、ひとつと探るようにもして組み繋げていく。
 触れ、なぞり撫でてみては、確かめたものだ。
 ここにある。
 ここに出来上がっていくのだと。

 今では『彼』のもとにある、はじまりのホイールを。
 組み上げていく。
 不確実たるその感覚のすべては、夢想の産物であった。



 その果てに覚醒をなした遊星は、今、両瞳を見開いて、自らの現状を解せずにいる。





「……いや。あんなガラスまみれの中で寝てるからさぁ」

 目前には、またもや『あの男』の姿があった。
 眠る自分に左肩を貸していたらしい。
 物理的接触は未だ途切れず、中途半端に起き上がったままでいる遊星の、右肩と彼の左腕とが重なったままである。
(……じゃ、ない)
 それどころではない。
 夢幻に同期して、この指先がべたべたと触れていたであろう、もの。
(まさか……!)
 咄嗟に飛び退くと、紅いジャケットと茶色い髪の男は声をあげて笑った。


「お前、カオ真っ赤だぜ!」






 だれか。ラリー、ジャックでもいい。
 俺のことを嘲り笑いに、いや、いっそのこと消し去りに。
 来てくれ。
 今だけでいい。














☆学校指定のジャージ→牛尾×遊星





 突然の降雨は遊星の頬とホイールと、それから洋服をびしょぬれにした。
 肌なら洗って拭えば済む。ホイールもまた、後に手入れさえしてやれば然したる問題ではない。
 となれば後は、とにもかくにも洋服である。





「替えがない」
「偉そうに言いやがって」
「あんたの服を貸してくれ」
「クソガキめ。対格差を考えろよ」
「ないよりましだ」
「なァにが『まし』、だ」


 彼の部屋へと上がり込んで、まずはシャワーを借りた。
 水滴のしたたる洋服はまとめてクリーニングマシンへ放り込んだ。
 そうして今、いかにも適当にといった風な上下の束を無造作に放られる。
 サイズはどれも大きかった。

「借りる」
「着替えのひとつくらい、荷物の中にねぇのか。学校のジャージでもなんでも」
「そんなもの、ない」
「だろうな。サテライトだもんなァ」
 馬鹿にしたような語調を遊星が睨み返すと、男は肩をすくめた。
「だが、普通はあるもんだぜ。俺だって昔は持ってた」
「行ってたのか。学校」
「何十年前だと思ってんだ」
 ネオ童実野シティが童実野町だった頃だぞ。と、厳つい太眉が吊り上げられる。
「サテライトもまだねぇよ」
「あんた、どんな高校生だったんだ」
「聞きたいか? 風紀委員長サマってやつだ」
「想像がつくな。どうせ独裁者だったんだろ」
「……知らねぇよ、クソガキ! その服はもうくれてやるから、とっとと出てけ」
「終わったらな。濡れた服のクリーニング……」
「あぁ? コラ、勝手に洗濯してんじゃねえっ」


 伝説のデュエル・キングと同じジャージを着ていたこともある、その男はいま、セキュリティ捜査官の制服を身に纏っている。
 クローゼットを漁ってやっても、かつての彼のジャージが引きずり出されることはないのだろう。



 
「ジャージねぇ……着たけりゃ入り直すんだな。ガッコウによ」
「必要ない。そんなに着てほしければ、あんたが買っておいてくれたらいい」
「誰がだ!」
「そうしたら、着るさ。次に雨の降った日」
「可愛くねえんだよ。クソガキ、てめぇは」







 追われる身である遊星と、それを追うべきひとりの男。






 雨の降らねば筋通し。ドアの向こうでは、敵、味方。

     











 『指定で妄想バトン』をまわしていただいた際に、そのお題に沿って妄想させていただいたものです。
 お題は (口が悪い、)おっとり、挙動不審、メガネ、マシンガントーク      おたく、クール、人なつっこい、べたべたくっつく、学校指定のジャージ です。  5D's放映初期のものなので、ところどころに矛盾があるかもしれません……
 お題『口が悪い』につきましては、確実に矛盾してしまっていたので下げさせていただきました。



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