おれと彼とは同じ生き物であるから、理屈によって当てはめることのできる幾つかの、同じものによって構成されているはずなのである。
 同じ海から生まれた。
 同じ陸へとあがった。
 そうして、同じ庭へと集う。

 それなのに、おれの見ている黄昏を彼は朝明けであるという。



 そんなはずがないじゃないか。
 腹立たしくなってきておれが彼の方へと視線をやると、彼の両眼は他のどこかを見ている。
 おれでもなければ海でもない、陸でもなければ庭でもない、異なるなにかを眺めている。


 憤るおれは、彼の手をひいて海へ溺れ行くことを決意した。
 その水へ混じれば、嫌でも知ることになるだろう。
 暮れていくばかりの黄昏の色を。





 あるいはこの世界のすべて、すべてが始まりの海へと溶け混じってしまったらいい。
 どうせ何もかも、おれも彼も、そこから生まれてきたのだから。









 





 ゆうすけの作文





ぼくが一番に楽しいと思う時間は、夜、ねむるまでのあいだです。
目をとじてしまえばなにも見えなくなるからです。
ねむいはずなのにねむれない時もありますが、そのときには
(四文字ほど書いてから念入りに消しゴムをかけた痕跡)
なにも考えないようにして、目をとじたままでいます。
まっ暗です。ぼくは、まっ暗であることをあまりこわいとは思いません。
そこからは、なにもきえたりなくなったりしないからです。
だからぼくは
(一文字を書いてから念入りに消しゴムをかけた痕跡)
ねむるまでの時間が好きです。
(二、三文字を書いてから念入りに消しゴムをかけた痕跡)
でも、朝がきたら








 一枚の用紙が破かれ、くずかごの中へ放り込まれた。
 その後、藤原優介は職員室にて、配布された作文用紙に飲み物をこぼしてしまったからと申告し、新しいものを受け取っている。








ぼくが一番に楽しいと思う時間は、











 おれは昔、夜、眠るまでの間を一番に楽しいひと時であると考えていた。
 瞼を降ろし、遮ったその先の世界には、もう何もなかった。

 眠い眠いと思っていたはずだというのに、さっぱりと眠れないこともあった。
 そんなときには両瞼を閉じたまま、オネストを相手に、声なく会話をなしていた。


 暗闇を恐ろしいものであるとしては考えなかった。
 たとえば夜闇はもちろんのこと、自らによって作り出したその闇のことさえも。
 遮ったその先の世界には、もう何もなかった。
 そこからは何も出ていくことがない。

 だからおれは、そんな時間が永久に続いていけばいいのにと思った。
 誰も彼もがすべて、そんな世界の住人であったならいいのにと思った。
 本当のところ、制することのできない夢の中へも、沈みいくことを嫌っていた。
 朝の到来に呆然としていた。













ぼくが一番に楽しいと思う時間は、理科の授業です。
特に実験が好きです。
ぼくには夢があります。デュエルアカデミアに入学したいと思っています。
そのためにはたくさん勉強しなくてはいけません。
勉強はたいへんだと思うこともあります。しかし楽しいと思うことの方が多いです。

理科の勉強は、僕がいつかやってみたいと思っていることに、とても役だつと思います。
だから、国語の時間も好きですが、やっぱり理科の時間が好きです。
きのうの実験では……………………






評価 二重丸
ふじわらくんは理科の時間が好きなのですね。
理科の授業は今年から始まりましたが、楽しめているようで先生もうれしいです。
ふじわらくんがいつかやってみたいと思っていることって何かな?
そのことも書いてくれたら、もっとよかったです。










その晩、一枚が、








 






 美しい箱があった。
 無邪気な宝石をちりばめ、溢れるほどのやさしい何ものかによって満たされた、美しい箱があった。
 細い指先がその蓋を押し閉じる。
 すると、世界はそこに完結した。
 

 そうして時は緩やかにとどめられていく。
 放たれるはずの未来を投棄したのだ。
 少年は少年のまま、穏やかに底深い床へと沈んだ。









 そこには何もなく、ただ、失われてはいない命が息づいている。


 彼は、捨てた。すべてを捨てた。
 失わぬためにも、すべてを捨てた。
 何もなければすなわち何も欠け去ることはなく、閉ざされた温室のそのうちのみが永久の真実となる。
 かたちあるものこそは融和へと還るのだ。
 なせば崩れることもない。彼を置いていくこともない。

 鍵たる卵を温めるための、柔らかな床。
 あたたかい毛布は闇の色をしている。
 そこには何もなく、ただ、失われてはいない命がひとつ息づいている。
 そして。






「おまえは鏡だよ」


 漆黒の渦よりかたちづくられた、ただそれだけの質量へ触れる指先。
「世界のための、真実のための……オレのための」
 吐息はなぞるような熱をもって放たれた。
「鏡だ」
 少年はその波へ沈む、ただひとつの命であった。
 彼は、捨てた。すべてを捨てた。すべてを捨てて果てへと眠る。
「オレの言うことが解るか? 『真実をかたるもの』」
「『わかっている』」
 その漆黒には彼とそして、殻へ包まれた絶望をあたためるもの。
 男があった。
 ひとりの、或いはそうでない、かたちある、或いはそうでない『質量』。
 鏡であり、鏡に過ぎず、少年の触れる輪郭は薄膜として漆黒との境界線を果たす。


「わかっている。『闇にねむるもの』よ」
 辛うじてそこに、男があった。
「……今日は『誰の姿』でいればいい?」
「ばかだな」
 少年の艶やかな唇は、その口角を笑みに歪めた。
「こんなところに『今日』だなんてあるわけないだろ」
 緩跳ねした髪の毛を柔らかに伸ばしている。
 そこより続く全身の皮膚は、滑らかな曲線を描きながらに繋がっていた。
 男のもつ短い髪の毛、かたい唇、つよく引き締まった体躯と比べては、何もかもが異なる。
 少年の成長はそこにおいてとどまっていた。彼は、流れるべき時を捨て去ったものであった。

 一方で、男は成熟をなしている。
 ただ、漆黒より構成されたそれだけの質量として、少年の捨てし時のもう少し満ちた姿をしている。





「そのままでいい」
「『そのまま』?」
「その姿のままでいい。そういう気分だから」
「ああ……わかった。『そのまま』で……」
「……おまえは、もう少しお喋りになっておいた方がいいな」
「話せと?」
「それから、皮肉も言えた方がいい。オレのために、オレのほかへ」
「望むのか。『ダークネス』……」
「……どうせすべては融和していく。それまで、おまえには働いてもらわなくちゃいけない」
「望むなら」
「オレのためだよ、『真実をかたるもの』」
「解っている」
「お前は鏡だ。オレのための鏡……」


 少年の指先は人形の唇へと触れ、その色のない輪郭を、くすぐるように撫であげた。






 造り上げられたその肉のかたちを、己が至ることのない成熟した熱を、少年の掌が愛でなぶる。
「おまえはいいね」
 かつて自らの時をころした爪先でもって、かりそめの体温を引き裂くのだ。
「痛みも、憎しみも、かなしみも、同じところへはじけて……」
「……ッ」
「消えてしまうんだから」
 潤む舌先にて吸い上げる胸板は、呼吸のたびに連動して震えた。
 喰らいつくための動作とは縋ることにも似通っている。
「ッひ」
「感じる?」
 口づけに甘える。
 白い牙を噛み付かせ、与えては離れて、突き放すようにもする。
 少年は甘やかな悦楽を伴い、暫しにそれを繰り返した。
 愛でる。甘える。
「あ、ァ……!」
「痛い。それとも、気持ちいい」
「……ッつ、い」
 引き裂く。

「…………うそをつけ」
 突き放す。


「お前なんて、ただの鏡じゃないか。おれのためだけに真実をかたる、ただの」
「う、あ、あぁっ……!」



 溶け合うこともなく、ひたすらに。
 蝕む。






「……おまえは鏡だよ。おまえは、オレのためにここにいるんだ……」








 美しい箱があった。
 無邪気な宝石をちりばめ、溢れるほどのやさしい何ものかによって満たされた、美しい箱があった。
 細い指先がその蓋を押し閉じる。
 すると、世界はそこに完結した。


 閉めきった宝箱をあとにして、揺れる指先は果たしてどこへと伸ばされたものであろうか。
 少年は自らによって時をとめた。
 少年にとって、孤独とはすなわち実に堪え難い思いであった。





 ひとのかたちをなした鏡が、少年の小さなからだへと縋り付く。
 かりそめの体温。
 ふたつの質量へ闇の中へと影をつくらず、しかしより深くして重なっていった。






「ずっと、ずっと…………ここにいるんだ」











 あたたかい毛布は闇の色をしている。


 そこには何もなく、ただ失われてはいない命と、もうひとつの吐息が夢を見ていた。













 藤原×ミスターTは差し上げものでした。




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