「天上院、その写真に映っている女の子は?」
「妹の明日香だよ。いま、中等部の二年生にいるんだ」
「へえ。じゃあ高等部に進むのは……オレたちが三年生になった頃、か」
「ああ。天上院がふたり、ってことさ」
「そうなったら、天上院のことは吹雪って呼ぶよ」
「今からだってそう呼べばいいのに」
「丸藤、その写真に映っている男の子は?」
「……弟の翔だ。中学の二年生だが、アカデミアへの進学を希望している」
「へえ。それじゃあ……うまくいけば、オレたちが三年生のときに入学してくるんだ」
「うまくいけばな」
「知らなかった。丸藤には弟がいたんだな……天上院にも、妹が」
「明日香のことか」
「知ってるのか?」
「中等部の頃にな」
「…………オレは知らなかった」
「それはそうだ。俺たちだって、会ってからまだ一週間だろう」
「そうだけど。……そうだけど」
「うまくすれば……丸藤がふたりになるな」
「天上院と同じこと言うんだね。そうなったら、丸藤のことは亮って呼ぶよ」
「今からだってそう呼べばいい」
「…………」
「オネスト」
「はい。マスター」
「天上院と丸藤には、見えてないのか。おまえの姿」
「おそらく……」
「ここはデュエル・アカデミアだ。そうはいっても、精霊が見えるだなんてな……そうだろう? オネスト」
「……マ、スター」
「言ったりしないよ。話さない……それでも君はここにいる」
「はい」
「ここにいる。オレの傍にいる。このオレの側にいる」
「ええ。マスターのお傍に」
「忘れないで」
「忘れません。マスター、決して」
それでも君は忘れていくのだろう。
それでもすべてが、忘れていくのだろう。のことを。
おれはこんなにも繋がっていたいのに、どうせ世界はバラバラなんだ。
こんなにも狭い箱庭の中ですら、おれはたくさんの、たくさんのことを知らないままでいる。
「離さないで」
『離さないよ』
「うそだ。離すくせに」
『離さない』
「突き飛ばされるくらいだったら、俺から突き飛ばしてやった方がずっといい」
『離さないさ』
「うそをつくなッ!」
『確かにみんなバラバラだった。でも、ここに来てから少しずつ、不格好にだって繋がっていったんだろ?』
「繋がってなんかいない。そうでなければ、こんなに……こんなに」
『苦しいのは、繋がっていたいからじゃないのか』
「そうだよ。何がいけない」
『いいじゃないか。誰だって始めは別々なんだから、繋げたいって、繋がっていたいって思い続けていいんだ』
「だからどうなる? どんなに必死になったって、本当に離れてしまえばお終いだ」
『別々だからこそ、こうして繋がってるんだろ。
お前が信じなければ、お前が手を離してたら、オレはもうここにいない』
「……離すんだろ? 俺の手を、離すんだろう」
『離さないよ』
「うそだ……!」
『嘘なもんか、オレからは絶対に離さない。あいつとだって約束した』
「約束……」
『だから、あいつが許さない。それにオレ自身も許さない。お前が許しても、あいつとオレが許さない』
「…………」
『お前が離すことさえしなければ、きっとこの手は離れない』
『オレもお前も、自分で選んであそこの土を踏んだんだ。だからどこかで繋がった』
『ほら、あいつが言ってる。……掌の中を見てみろって』
「…………こんな」
『なにが、見える?』
「……こんな、こんなのが…………薄っぺらな、カードじゃないか」
『そうだな。でも、このためにみんな集まってきたんだろ?』
「…………」
『お前がずっと大切にしてきた、特別なカードなんだろ?』
「…………オネスト……」
『ああ』
「ずっと、俺の傍にいたんだ……俺はそばにいなかったのに。ずっと…………」
『いいやつだな』
「ばかな、やつだよ」
『帰ったらさ。たくさん話をしてやれよ』
『オレが絶対にお前のこと、離さないで支えておくから。
なあ、オレにも精霊の家族がいるんだぜ…………』
それでもすべてが、おれのことを忘れていくのだろう。
どうせ世界はバラバラなんだ。
それなのに。
それなのに俺は、夜のお終いの夢をみる。
過ぎいく時の夢だった。まぼろしに過ぎない光景であった。
『藤原!』
『藤原』
『……天上院? 丸藤?』
『びっくりした。こんなに写真を撮ってあるのなら、教えてくれればよかったのに』
『ちょっとしたアルバムだな』
『僕たちが卒業する頃、ネガが活躍しそうだね』
『全部こうやって貼ってあるのか?』
『……あ、ああ。よく、見えるように…………』
『ときどき見に来てもいいかな?』
『いい、けど』
『ああ、あと、あれ! 僕ら三人で撮ったあの写真、焼き増ししてほしいな』
『え?』
『ほら、ああやって三人で笑ってるところを見たらさ、よく解るだろ?』
『なにが……』
『明日香に送ってあげようと思って。新しい友達ができたんだっていう話をね』
『……相変わらず、妹にべったりなんだな』
『亮だって弟くん宛てに送ってみればいいのに。
ああ聞いてくれよ藤原、亮のやつ自分の弟のことはちっとも喋りたがらないんだから……』
『……へえ』
『どうだっていいだろう。そんなこと』
『僕たちの後輩になるかもしれない男の子だろ?
よしっ藤原! こうなったらふたりで亮の口を割ってやろうじゃないか!』
『こら、よせ吹雪、見ていないでとめろ! 藤原……!』『……藤原?』
『……どうした?』『…………丸藤。天上院』
『ああ』
『なんだい』
『俺のことを、忘れないで』
『ああ。忘れない』
『忘れないよ。思い出は写真の中にある』
『そして俺たちはここにいる』
『だから藤原、君も……』
君も僕たちのことを、忘れないで。
お終いの夢が紺色の粒になって泡のように眠っていくところを、ただ見ていた。
その夢の中では、遠い日の俺自身が泣き出しそうな顔をしている。
あそこになかったもの。あそこに、あったはずのもの。
ごめん。吹雪。
ごめん。吹雪。亮。
ごめんなさい。オネスト。
どうしておれのことを忘れなかったの。
ごめんなさい。
どうしておれの手を離さないの。
ごめん。ごめんなさい。
ありがとう。
「離さないさ。あそこに帰っていくまで、オレはこいつの手を……
……しっかり掴んでおく。なあ、お前だって帰らなきゃ、どうしようもないだろ……?
ここにいる。掴んでおくからな、十代……!」
その色が明けていくところを、黙ったままで鼓動に数えた。
こんなにも。こんなにも離れているのに、彼らは当然のようにして、繋がっているということを見せつけてくるのだ。
今でもすこしだけ腹が立つ。
少なくともおれは、それに焦がれていたのだ。
そうして、この掌より離れていったはずの箱庭が、今一度。
この手のうちにかえってくる。
生きなければ。生きていかなければ。
おれが。お前が。知ることとなった彼が。ここで、ここから、続いていくのだから。
生きていかなければ。
藤原とヨハ十? 178話放映直後の妄想でした。
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