キャンプを張るために、まずは水場を確かめるべく歩いていると、上流の方から揺らめいて運ばれてくる『人間』をみた。
どうしても仕方なく人間の姿であった。
ひとときは我が目を疑ってみたものの、幻の類いではないようで、しかもどうやら未だ呼吸をしてはいるらしい。
引きずり上げてみたならば単に意識を失っていたものであった。気温の低いような地域ではなかったこと。鼻と喉とを塞がれきっていなかったこと。どちらにしても、命に関わる幸いであったのには違いない。
彼、その男が、まさか変な気でも起こしてここに在るような『訳あり』でさえなかったのならば。
男の意識が戻ってくるのを待ち(思っていたよりもずっと早かった)スープで満たしたカップを手渡しながらに問うてみたところ、まず、彼は現役のデュエリストであった。そして、日本人であった。
ついでに、どこかで手痛い敗北を喰らってきたその後でもある、らしい。それについては深くを語りたがらなかったもので、したがって深くを問うようなこともしなかった。
ひとまず決して、何やら変な気を起こしたわけでもなさそうな風である。
それならばそれで構うまい。
「……あんた、日本語うまいな」
「…………通っていたからな。しばらく」
教員はともかく生徒には日本人ばかりの、学校へと。
そうはいえども、実際のところ半分ほどは学業と関わりのないことばかりをしていたような気がする。
構うまい。どうせ元より、大人しく我が学び舎へなどといった質でもないのだから。
「学校ね……」
すると男は少しばかりに、いやなことでも思い出したかような表情をつくる。
学校。
学校。もしかすれば、アカデミアにゆかりの有るデュエリストであるかのかも知れないが。ふと、送り出したままである、紅色の携帯電話の存在を発想した。
そしてすぐさま自らで打ち切った。
十代。
十代は今、楽しんでいる、はずであるのだ。
おそらくは実にささやかな、彼にとっての『日常』というもの。
幸福。
(……どうして)
どうしてこの頃なんでもかんでもといい、彼へ結びついていくのであろうか。
彼に伴うべき己。
あるいは、彼を連れて去りでもしたいかのような、まるで。
悪魔。devilか。バカバカしいのにも程がある。
脳味噌のどこかが焼けこげてしまっているのかも知れない。
十代。十代。
考えてどうする。
求めるまい、まさか。
己はあくまでも十代の助力であって、助力でいることへ徹するべきであるから、今ほどに遠ざかっておくぐらいが最も適しているのだ。
おそらく。
理屈としては。
こうしている内にも状況は刻一刻と進んでいくわけであって、成果を得るまでには至らないことを繰り返していようが、それは即ち不要な選択肢を潰していく行為にもあたる。
そうやって近づいていく、いや、近づけて、いくのだ。ささやかな助力。よって考える、ぶんには構うまいであろうか。
決して関わりの無いわけではない、むしろ正しく関わっているものであるのだから、火傷を負うような余所見にさえ、ならないのであれば。
ただし脳味噌のどこかしらは、やはりもう既に焼け焦げているのかも知れなかったが。
そもそも素性の知れぬ流れ者(しかも本当に流れてきた)を拾いあげるなどという行為は、あまりにも無防備な真似であって何の得にもならない。
損益のそのものを糧にするべき、傭兵稼業にある人間の為すようなことではない。同業者が耳にでもしたならばきっと声に笑うであろう。実にひとのよい冗談をするものだ、と。けれども彼ならば、例え同じような立場にあっても、すくい上げたのではなかろうか。
疑うことを別として。考えるよりか先んじて。
欠片の躊躇も見せることなく。
かつてにしても今にしても、成すことのできようが、できなかろうが。すべてを置いて、何よりも。
彼ならば。
「…………」
すると男はこちらを見ながらに、こいつは何を考えているのだろうかとでも言いたげな表情をつくっている。
オブライエンはひそかに安堵した。
どうやら彼には少なくとも、こちらの内心を覗き込むような能力の類いは、抱かれていないようであったので。
たとえば男がそういった術を持つ人間であったとして、目前の自分はまさにいま、
あまり考えたくない。
4期、猪爪が退場した頃に妄想したものです。
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