次にまみえる時にはまともな出会い方をしようと、口に出して言った。
悔やんでいたからであっただろうか。十代との間になした一度目のデュエルにて、オブライエンはその手に掴んでいた勝利の尾を自ら放棄している。
戦いを引き延ばしてでも彼の力を限りに暴く、それがオブライエンにとっての最優先事項であった。
すなわちプロフェッサー・コブラの計画の一部、重要なプロセス。
そして十代の手腕による逆転敗北は、引き換えに新たなる事実とコブラの計画について探るための足がかりをももたらした。踏み出すに届きかねていた、コブラに対する疑いが確信へと変わっていったのもこれ以降のことになる。
悔やんでいたからであったかもしれない。
留学生としてアカデミアにやって来たそのとき、まるで隠しごとばかりに塗れていた。ペガサス・J・クロフォードからの接触を念頭に置き、しかし建前としてはプロフェッサー・コブラの懐刀のままで、彼の目的へ少しでも潜り込まんとして動いてきたのだ。
しかしながら仕事の結果は悲惨なもので、コブラの使っていた研究所にまで潜り込みはしたものの地下へ幽閉される羽目となる。どうにか脱出したかと思えば現場は息もつかせぬ状況に至っていた。
消耗していたオブライエンに、コブラとその計画をとどめる力はなかった。十代たちが乗り込んで来ていることを知らなくば何もできずに膝をついていたかもしれない。
彼らが通る道をこじ開け、彼らが進んでいくのを見届けたあと、取り残されながらに死を覚悟していたであろうか。
しては、いなかったように思う。十代との間に交わした短いやり取りは決して断末魔のそれではなかった。
一度目のデュエルの真相を知れば十代は、きっとひどく腹を立てるのであろう。彼は真摯たる決闘者である。
たとえば、彼を呼び出し追いつめるための人質役となった翔が、もしも無傷では済まないでいたならば。腹を立てるどころでは済まなかったかもしれない。『今』になってみれば実によく解ることだ。
あの戦いにおけるそういった要因のすべてはオブライエンが生み出したものである。誰の命令であろうがどんな必要のあろうが、選択と判断とは確かにオブライエンのものであった。
だからこそ、悔やんでいたからであったかもしれない。
澄んだ炎のようでもあった十代という存在との対峙を、企みと影によって塗れさせてきたことを。
もしも生き延びてもう一度出会うことができたら、今度こそ余計な燻りなどは交えぬ戦いをなさなければならないと思っていた。
実際にはそれどころではないような状況へと陥ることになるのだが、再会した彼らとの共闘を続けていくにつれ、すべてが終われば機会などいくらでも生まれてくるのだろうと心のどこかで感じるようになってきていた気がする。
更にその後にやってくる出来事などは予知する由もなかったし、二度目のデュエルが『こんな』形で行われることになろうなどとも、まさか考えもしていなかったのだ。
オブライエンは一度、覇王という存在によって倒れるにまでいたった。
心を折ることは身体を折るにも等しい。身体を放棄したものは絶好の標的となる。そして標的となることを許したとき、何もかもが終わる。
そうであることをよく理解しているつもりでいた。その上で、そうはなるまいという自信と確信を抱いていた。
知らなかったのだ。のしかかってくる力へ耐えるにすらも及ばぬ、根こそぎをさらっていくような恐怖のことなど、知りはしなかった。
恐ろしいという感情から吐き気を催し、涙までも流すに至ったのは生まれて初めてのことであっただろうか。胸を破り開いた穴からは孤独と絶望が流れ込み、重くあふれて内臓からゆっくりと掴み上げてくる。
幼い頃から幾つかになるまでは、父から学び父によって守られていた。
それ以降には知識や経験が己を守り、そして存在を裏付けるものであるのだと考えてきた。
求められるときには納得さえ出来たならば応じた。応じての役割を完遂することへと、常に懸けてきたつもりであった。
しかし見たこともない恐怖にたったひとりで覆われ、包み込まれた刹那にオブライエンの心は倒れたのだ。
研ぎすまされた神経のすべてが、あんなものに勝てるわけもないと警告する。いくつもの戦場をおぼえている両足が逃れろと叫ぶ。それらいずれも、命に関わる恐怖というものを知りすぎていた。
立ち向かうための土台は砂のようにして溶けくずれていった。
そのことを決して、忘れてしまったわけではない。消し去ることができたわけでもない。
ただ、オブライエンを恐怖へと陥れたものがたっとひとつの他者であったように、立ち直らせたのもまた、他者であった。
歯車とは独力のみによって回るものではない。常に何かとともに連動していくものである。
己に回転を求める他者の稼働を感じて、そこから生み出されるものとその意義を確かめたとき、オブライエンという歯車は再び鼓動することを始めた。生み出されるべきものはオブライエンにとって、そして多くの人間にとっての必要となる道先だった。
求められ、支えられたる力の根は、すなわち自力のみにならず守られている。決してそう易々と枯れ崩れることはない。
その確信の境地こそがオブライエンという人間の、確固たる信念へと繋がっていく扉であったのだ。
信念をもって何へと立つべきか。そうして再び覇王と対峙するに至ったとき、彼の根はもう倒れてはいなかった。
ひとつの世界を力によって統べかけた王者、その居城の奥底にて、たった二つの影が向かい合う。
それがオブライエンと十代との、事実上二回目の決闘であった。
まったくひどい一戦であっただろうとは思う。
ライフポイントは見る間に削られて減った。先手をうってあちらの進路を塞いだつもりでいれば、逆にこちらの退路が塞がれている。いくつもの戦略が不発に終わった。予測は繰り返して超えられ、その上を追うほかなかった。
プロフェッサー・コブラに見られていたとしたなら、すぐさま怒鳴りつけられたかも解らない。それこそこうまで追いつめられたデュエルなど初めてのことであったかも知れない。
反省すべきところならば尽きない。
それでも、悔いを残すところのない戦いであった。為しうることはすべて成すことができたはずなのだ。
最もたる結果を『達成』することもできた。
オブライエンは緩やかに、そして静かに満足していた。
影を選び、影をまとうこともまたひとつの道であるのかもしれない。
そもそもとして影というものの真髄を知るには遠い。語るに至れるものでもなかった。
しかし、虚ろな視線によって『覇王』という器へと焦点すらも合わせてはいなかったあのとき、十代にとってその『闇』は間に合わず幾らも重くあったはずなのだ。それでもオブライエンが自己の正義を語って挑むに対して、彼もまたその抱く正義を語って返した。
覇王とは十代たろうか。十代は、覇王たろうか。
覇王という闇はオブライエンの両足を捕え、ゆっくりと絶望まで沈めていった。その姿を悪夢に見ながらに感じたものは、何もかも十代とはかけ離れているように思われた。
だがそうでありながら、紡ぎ上げられる決闘の形は、闇色に包まれながらもどこか彼と似ている。
奥底に息づく熱に追われた。それはオブライエンの知っている、かつて感じたことのある炎のそれではなかったか。
それを深く思うよりも先、オブライエンの意識は浮き上がったままにゆっくりと、少しずつ重力を忘れていった。
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